太宰フェアー②『三鷹・桜桃忌レポ』

桜桃忌に行かずして、太宰を語るなかれ!

舞台は三鷹、太宰散歩

 

6月19日は、何の日でしょう? 「桜桃忌!」と即答したアタは、結構な“太宰通”。そう、6月19日は太宰治の誕生日にして命日、「桜桃忌」なのです。毎年全国の太宰ファンが、太宰ゆかりの地である三鷹を訪れ、彼が眠る禅林寺や入水自殺した玉川上水を散歩し、太宰への熱い想いを再確認する、三鷹市げてのイベント・ディ。生誕100年を迎える今年はきっとさらに盛り上がるはず……ってなわけで、<おおのの>“夏&冬の陣”の出演者とスタッフ、そして作・演出の大野裕明が、太宰治への想いをさらに高めるべく、「桜桃忌」に参加してきました! 

nec_0001

 6月19日午後1時。JR三鷹駅改札前に集合。参加者は、夏の『オンナの小説』より、岩崎加根子(俳優座)、小林美江、浅田よりこ(双数姉妹)、藤崎卓也、丸川敬之、そして音楽担当の保坂修平、演出助手の飯田ゆかり、冬の『走れダザイ』からも、谷山知宏(花組芝居)、三村聡(山の手事情社)、そして作・演出の大野裕明の計10名。全員そろったところで、いざ出発! 

nec_00681

 

nec_00691nec_0065

 まずは、太宰が眠る禅林寺まで、三鷹市芸術文化センターの方角目指して、ゆっくり歩き出す。初夏を思わせる強い日射しに早くもやられながら、三鷹駅前の商店街を抜け、住宅街を抜けぐんぐん進んでいくと、徐々に人が増えてきた。おお、この人たちみんな、太宰ファンなのか!

nec_0061

nec_0059

ようやく禅林寺に到着。寺の入口には列ができており、その後に続いて境内に入る。すると、

「あ! まる(丸川)、これ見て! 鴎外の遺書だよ」

と大野。丸川も出演した『ザ・漱石』(07年上演/大野の作・演出)に、鴎外の遺書の有名な一節(「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」)が引用されているのだが、まさにその“原本”が、境内入口の掲示板にばーんと貼られていたのだ。

「うわー、ほんとだー」

と興奮気味に写メする丸川。 

nec_0057

 実はこの禅林寺にはもともと鴎外の墓があって、鴎外を尊敬していた太宰自身の希望で、太宰の墓は鴎外の向いに建立されたのだった。日本近代文学を代表する二人の作家が、この寺に眠っている!境内の中に進むと、人はさらに増えた。まずは手前の鴎外の墓へ。続けて太宰の墓へ……と思ったが、目の前なのに一向に近づけそうになかった。何しろ墓石を中心に、テレビカメラや一眼レフをもったマスコミ関係者の輪、その外にコンパクトデジカメやハンディーカメラをもった太宰ファンと思しき人の輪が何重にもなっていて、遠巻きにしか墓を拝むことができないのだ。予想以上の太宰人気に、   

「人ごみが怖いです……」(丸川)

「ちょっと迷子になりました」(谷山)

とすでにくじけそうな<おおのの>メンバー。しかし、気を取り直し、大野を先頭に再び太宰の墓へ向かった。

nec_0046 nec_0042

nec_0049

しばらく待って、ようやく10人全員が墓参りを済ませた。あまりの混雑に、手を合わせるのが精一杯で、写真を撮ったりゆっくり墓石を眺めることもできなかった。木陰で一休みしながら、しばし呆然とする一行。                        「すごい人だねえ、なんだかちょっと太宰さんがうらやましくなるくらい」(小林) 

 「ロケーションがよくて気に入りました。いやー、それにしても太宰人気はすごいなあ」(藤崎)

しばらくすると、人ごみの間からお坊さんが現れた。これから読経が始まるのだという。生誕100年の読経ともなれば、きっと重々しいものになるはず、と<おおのの>メンバーも思わず神妙な面持ちになる……が、5分もしないうちに読経は終了してしまった。墓を取り囲んでいた人たちも、さあっと蜘蛛の子を散らすように引きあげていく。「桜桃忌」初参加の<おおのの>メンバーは、ちょっと拍子抜けして「短かったねー」

「ほんとあっさりしてたねー」

と口々に言いながら、墓を後にした。                            「人が多過ぎて圧倒されましたー」(浅田)

「ほんとほんと」(丸川)

「それにしてもこの墓地は木がすごく多いわね」(岩崎)  

「ですねー」(藤崎)

散歩開始から1時間が過ぎて、<おおのの>メンバー間の会話が増えてきた。よしよし、いい感じいい感じ。 

 

 

 禅林寺を後にした一行は、ほかの太宰ファンと共に、みたか観光ガイド協会主催の太宰ツアーに参加した。ガイドの川上さんを先頭に、<おおのの>メンバーを含め約20名がグループになって三鷹の街を散策する。大野はレアな太宰情報を入手しようと、ガイドさんをマーク。    nec_0035nec_0034

nec_0037

 禅林寺をスタートして10数分後。最初の見学ポイントである元横綱・男女ノ川の旧家に到着した。しかし、太宰と男女ノ川との関係にぴんとこない<おおのの>メンバーは、しばしぽかーん。まあ、それも無理はない。太宰と男女ノ川は特に深—い関係……はなくて、“街を歩いていたら、近所で男女ノ川を見かけた”という一節が、昭和15年のエッセイ「男女川(原題ママ)と羽左衛門」にあるという、そういうくらいのつながりなのだ。いきなりマニアックなポイント紹介に、メンバーは少し不安な様子。

 そのあと、中央通りに並走する旧道・本町通りを三鷹駅に向かって歩く。川上さんの説明によれば、昭和5年に三鷹駅ができた当時、この本町通りは非常ににぎわっていて、例えば太宰行きつけの酒場や心中相手である山崎富栄の家などもこの通り沿いにあったのだという。

 歩き始めて30分後。一行は、ガイドさんを先頭に年配者から若い人へ、年齢のグラーデーションになっていた。

p6190022

<おおのの>メンバーは岩崎を除き、列の最後尾あたりをゆっくり歩く。道中、三鷹トリビアをいくつか聞くも、p6190033  「三鷹には詳しくなったけど……まだあんまり太宰の話にはならないですねえ」(丸川)
とぽつり。
 
 

 そうこうするうちに、一行はみたか井心亭に到着。nec_0029                   ここは三鷹市が管理する和風文化施設で、この庭に太宰ゆかりの百日紅が移植されているのだという。  岩崎、小林、浅田のテンションがぐっと上がる。という のも、この百日紅は、今回朗読上演する       『オンナの小説』のひとつ『おさん』に登場するのだ。「こんな木なのかあ」

「見られてよかったねー」                  口々に言い合いながら、女優陣は感慨深げにしばらくじっと百日紅を眺めていた。 

 続けて、太宰が昭和14年から23年まで暮らした家の辺りにも向かった。当時、周りは畑ばかりだったそうだが、いまは住宅が所狭しと立ち並んでいて、太宰の家も遠くから眺めるに留まった。

 一行は、そのまま玉川上水へ。玉川上水の横には、こちらも三鷹にゆかりある近代の作家・山本有三の記念館がある。「路傍の石」「米・百俵」などの作品を遺した作家として、また、日本国憲法の口語化推進に務め、さまざま法案の制定にも貢献した国会議員として、山本は当時を代表する文化人のひとりだった。だから、同じ町内に暮らしていても、山本と太宰とはある意味、対照的な存在だったのだ——そんなガイドさんの説明に、直前まで                         「お腹がすいたー

「ビール飲みたい

とつぶやいていた<おおのの>メンバーも                        

「なんだか面白くなってきたね!」                            

と生き生きした表情になってきた。 

 そのまま玉川上水に沿って歩くと、道端に切り株のような形の石が。nec_0016     「ここに、青森県金木町って書いてあるんですけど・・・・・・」                

とガイドさん。青森県金木町といえば、太宰の出身地だ。ということは!                     

「ここが太宰の入水場所です」

金木町から持ってきたその石は、青森県の天然記念物に指定されている、玉鹿石という石で、平成8年にこの場所に設置された。磨くと褐色に輝くが、そのままだとくすんだ灰色の岩に見える。                           

「なんだかそんなところも、太宰らしいと思いませんか」          

というガイドさんの言葉に、一行は大きく頷いた。

 列の最後尾のほうで、大野は壱組印『小林秀雄先生、来る』に出演した藤崎に、実在した人物の物語を演じるにあたり意識したことなどをこっそりと取材していた。

「その人物を演じながら、何か自分の中で引っかかるものが出てくればそれでいいんじゃないかって、そう思ってやってましたね」(藤崎)       「ふむふむ、引っかかりか…」(大野)                

大野、何かヒントがつかめたのか?

 

 

 やがて三鷹駅に到着し、駅近くの「小料理屋 千草」の跡地へ。現在は新しいビルに建て替えられてるが、かつてはそこに、太宰が行きつけにしていた小料理屋があり、その2階を彼は仕事場にしていた。

nec_00081 nec_0006

千草の向かいには葬儀社があって、太宰が心中した相手・富栄は、当時その2階に下宿していた。                                        ガイドの川上さんは、この日いちばんの饒舌ぶりで、太宰がいかに魅力的な男だったかということを力説し始めた。                             「太宰はいろんな女性と付き合ってますけど、彼から求めたことってほとんどないんです。いつも女性のほうから求められてしまう、太宰はそういう男だったんです」(川上さん)

「えーうらやましい」 

<おおのの>男性陣は、思わず本音(?)をぽろり。 

 

最後に、一行は最終立ち寄りポイントである、太宰治文学サロンへ到着した。

 文学サロンには三鷹で撮影された太宰の写真や、直筆原稿、初版本などが多数展示されており、<おおのの>メンバーは、壁一面に飾られた太宰の写真や資料を、それぞれにじっと見つめていた。

 

「太宰さんはつくづく女に好かれる人だったのねえ。一回のめり込んだら逃れられなくなる、そういう人だったんでしょうね」(岩崎)

「生々しいものをいっぱい見てイメージがわきました。立体的な、3Dの朗読になるんじゃないかなあ」(小林)

「(サロンに)「おさん」の原稿が1枚あったでしょ? あれ見てぞくっと来ました。住んでた家とか入水ポイントを実際に見たせいだと思う。来て良かったなあ」(藤崎)

「知らなかったことがわかって楽しかったです。明日からの稽古が楽しみ」(浅田)

「いろいろ、太宰さんのことが分かってきました。一番よかったのは、入水ポイントにいけたことだなあ!」(丸川)

「その人が暮らしていた街を歩くのって、身近に感じることができていいですね。いろいろイメージがわいてきました!」(保坂)

「太宰は、女にほんとモテたんだなあ」(三村)

「愛人、いいなあ…」(谷山)

「もうー、冬メンバーは女のことばっかりなんだから(笑)!」(大野)

 

 そんなこんなで、太宰ファンの熱意に圧倒されつつも、太宰が暮らした三鷹の街を実際に歩き、太宰自身に対する知識&興味も増したところで、<おおのの>桜桃忌ツアーは無事終了。川上さん、ガイドありがとうございました! 今回の三鷹、太宰散歩が作品にどんな影響を与えるかは、本番を観てのお楽しみ!ということで。 

コメントは受け付けていません。